面接者は何を考えているのか(その1)

登場人物

 田中和夫(私):某メーカーの採用部門の課長、元は技術職(キャリアコンサルタントの資格あり)

 古田香織:技術門のグループリーダー、自部門の新人採用のための立会い

 橋本正:人事の若手

 藤原雅子:一般職のベテラン

1.準備段階

 全員を集めてのミーティングで、私田中は今回の採用面接の趣旨と、配置に関して以下のように伝えた。

 「お早うございます。忙しい所集まってもらって、ありがとうございます。今回の面接では、次年度の春に採用予定の技術職及び事務系総合職の1次の面接を行います。なお、今回は特に技術系の代表として、古田GLに参加してもらいます。面接官は、私と、古田さん、橋本さんの3名で対応します。藤原さんには、志願者の受け入れ他、外回りをお願いします。それでは、橋本さんから今回の志願者状況と進行方法に関して説明願います。」

 橋本君は元気よく立って、説明を開始した。

 「お早うございます。早速ですが、本日の志願者状況を説明します。今回は、技術系3名、事務系総合職の3名の面接を行います。面接時間は一人20分を予定します。そして10分の予備を見ています。流れとしましては、最初に決められた時間に藤原さんが声をかけ面接室に案内します、入室してから着席指示は、私が行います。そのあと、志望動機を私が聞きます。これは3分程度話すように、指示します。その後は、皆さんで適宜質問願います。なお、成績やSPIの結果等の一見書類は、面接前にお回ししますので。田中さん、古田さんで適宜見てください。なお、最後に調整を行いたいと思いますので、それまでに評価点をつけてください。それでは、私と藤原さんは、受け入れと説明に向かいます。面接は9時15分から開始です。スケジュール表と一見書類は、田中さんにお預けしますので」よろしくお願いします。」

 私は、資料を受け取って、古田さんの方を見た。彼女は今回が初めての面接であったので少しだけ説明した。

 「まあ、気を楽にしてしっかり話を聞いていなさい。貴女も、今後の仕事のためにも、このような人の評価と言う経験、人事の人間がどのように考えるかを知っておくことも大切です。なお、面接では、できるだけ志願者の良い所を、見出すようにしてください。ただし、同僚とするには致命的な欠陥があれば、それも厳しく指摘することが大切ですね。面接が始まるまでは、楽にしてなさい。」

 すると古田さんは正直に言った。

 「私もすごく緊張しているのです。一寸失礼して、お手洗いに行ってきます。」

 古田さんが出て行ったので私は一人で、一見書類を読み込むことにした。特に技術系の学生では、所得単位の状況をきちんと見て置くことにした。昔の伝説だが、2年の必修単位を落としていた学生が受けに来ていたのを、内定したのは良いが、結局単位が取れず卒業できなくて、みすみす枠を一つ無駄にしたという話がある。このようなことがないように、単位の取得状況はきちんとチェックしている。また、受講状況を見れば、本人の興味の持ち方も少しは見えてくる。広く、基礎知識のある人間と、興味のある分野しか力を入れない、ムラのある人間とでは対応が違ってくる。ただし、成績だけでなく、生かせる知識になっているかは別の問題である。そこを見抜くのが、面接の仕事である。今回、古田さんを面接に連れてきたのも、そのような経験をさせたかったからである。

 なお、SPIの性格情報は、色々参考になる情報があるが、その部分の対応は、橋本君に期待したいと思っていた。そこで古田さんが返ってきたので、その旨説明しておくことにした。

 「古田さん、SPIなどの適性検査の使い方を、ざっと説明しておきます。まず結果は大きく分けて、能力面と性格面に分かれます。能力に関しては知能検査とみてください。数値が高い方が望ましいですが、1点の上下でどうこうと言うものではありません。それから性格面ですが、これは面接の進め方で参考にします。これに関しては、橋本君がうまくさじ加減をするでしょう。ただし、これに関してもあまり先入観を持たないほうが良いですね。昔私が配属の面接した時、性格面はごく内気とでた子が、10分間喋り捲った例もありますから。」

 古田さんもこれを聞いて、笑い出した。これで硬さも少しほぐれたと思っていいたら、ちょうど橋本君が戻ってきた。

 「それでは始めたいと思いますがよろしいですか。最初の志望者は、青木由香里さんです。現在修士2年の技術職志望です。専攻内容などは田中さんに確認願います。」

 席の配置は、私が中央、左手に古田さん、右手に橋本君と言う形とした。橋本君は、扉の近くに位置し、外にも出れるようにしている。私は古田さんに視線を送り、準備できているか確認した。彼女も小さく頷き、確認を返した。これからは、小さな表情のやり取りに敏感にならないといけない。その点でも古田さんは合格と判断した。面接官も試されているのである。

2.1人目

 小さなノックの音がしたので、橋本君が

 「どうぞ」

と答えた。青木さんが入出してきた。黒いリクルートスーツは良く似合っていた。少し表情は硬かったが、一礼して着席するまでの動きは、マナー訓練をきちんと受けた学生と言う感じがした。橋本君の指示に従って、彼女の志望動機の説明が始まった。私は彼女の口調に注目した。原稿を丸暗記したものを再生しているのか、自分で納得してしゃべっているのかは、感情の入り具合で大概はわかる。彼女の話には、適度の感情が感じられたので、これは丸とした。志望動機の中身には、当社の将来性と言う一句があったが、これには説得力がなかったので、一度ついてみることにした。このような思い付きは、素早くメモしておくのが面接の一つのコツである。そうしないと、自分の思い付きにとらわれたら、次の情報を見逃す可能性がある。古田さんも同様にメモを取っていた。一方、橋本君は一切メモを取らずに覚えこむ方式で対応していた。彼はカウンセリングの積極的傾聴法の訓練も受けているので、この程度のことは記憶できる能力があるのだろう。これも頼もしいと思って、見ていた。

 そうしているうちに、彼女の志望動機の説明は終わった。2分30秒の時間で自己PR も含めた内容は、よくまとまっている。能力面での第一関門は通過した。

 橋本君が何かと言う風に私を見たので、技術的に突っ込んでみることにした。

 「青木さんの考えで、今まで学んだことで当社の仕事で、生かせそうなことを教えてください。」

 彼女は、一瞬戸惑いの表情を見せた。この戸惑いは、マニュアルにない質問だっからだろうか?それとも、私たちの能力を見てどう説明すれば、良いのかと迷っているのだろうか?彼女がどう切り出すかが焦点であった。

 「現在行っている、研究はある狭い先端分野のため、御社ですぐに使えるとは思いません。しかしながら、この研究のために、シミュレーターを構築した経験は、きっと仕事の上で役に立つと思います。」

 私は予想以上の答えでうれしかったが、それで油断してはいけない。直ぐ二の矢を放った。

 「その仕事で、貴女が解決した問題はどのようなものでしたか?」

 これが指導教官の言う通りプログラムを組んだという話なら、とてもじゃないが修士の値打ちなし。しかし彼女はしっかり答えてくれた。

 「シミュレーションモデルに新しい項目を追加して、影響を検討するのですが、リソースが限られているので、一つしか追加できませんでした。そのため、どの項目を追加しようか悩みました。基礎理論まで戻って検討して、一番影響がありそうなものを見出した時は、嬉しかったです。」

 私は、頷きながらもう一言突っ込んでみた。

 「シミュレーションの検証はどうしました。」

 彼女もうれしそうに答えた。

 「教官が、学内のスーパーコンピュータを特に使わせてくれたので、そこで精度を上げた計算をして、同じ傾向の結果が出ることでモデルの考え方が間違っていないことを確認しました。確かに、現実では多様な変化がありますが、考え方の検証はできたと思います。」

 私はこの答えに満足であった。橋本君も同様な感触であり、判定に◎を付けているのが見えた。そこで古田さんが話し出した。

 「青木さん、もしあなたが当社に入り、そのあと妊娠して出産休暇を取ったとしますね。その時に貴女は、一緒に働いている人に、どうしても貴女がいてもらわないと困る、と言わせるようにできますか。例えば5年以内に、そのような力を示すようにできますか。」

 この質問に橋本君の顔が引きつったが、青木さんはしっかり答えてくれた。

 「女性の勤務に対して配慮ありがとうございます。私はまだ結婚の時期は決まっていませんが、将来には子供も持ちたいと思います。御社の制度で出産休暇が頂けるということは、ありがたいと思います。それから、職場で必要な人間になるという話ですが、御社の技術蓄積は深いものがあるので、1〜2年で一人前になるとは思いませんが、3年先には一人前となり、その部門にとって必要な人材になりたいと思います。」

 これで決まりと言う感じで、青木さんの面接は終わった。

 次の候補者が入るまでに、一応のすり合わせを行った。まず橋本君が言った。

 「彼女は、SPIの数値も良いし、今回の面接もしっかり対話ができていましたね。ただ古田さんは少しやりすぎですね。」

 「ごめん。しかしあの子は私のグループに絶対欲しい。」

 私は、古田さんに一言注意した。

 「この子の評価を、後で藤原さんに聞いてみなさい。面接とそれ以外で対応の代わる子がときどきいるから?そこさえOKなら私も◎だよ。」

 橋本君はすぐに切り返した。

 「受付の状況や、待機中の態度も大丈夫でしたよ。私が来たから態度を変えるような子は、すぐにわかりますよ。」

 これで、一人目の面接は終わった。

3.2人目

 次の面接の前に、橋本君から軽い説明があった。

 「次は、同じく修士2年の技術職志望の松本武君です。彼に関しては指導教官から、まじめな学生で、学会の発表で賞をもらったということも含めた推薦状がついています。適性検査の能力面も、青木さんほどではないですが、そこそこの値ですね。」

 私はこの推薦状に一つ気になるものがあった。

 「それなら、研究面は私が質問します。」

 橋本、古田の二人の表情は対照的であった。古田さんの方は何か面白いことがと興味を示し、橋本君は困ったという顔をした。しかしノックの音がしたので、すぐに面接が始まった。

 松本君のマナーは悪くないし、志願内容の説明もしっかりしていた。そこで私が質問した。

 「学会で表彰されたと聞きますが、どのような点が評価されたのですか?」

 松本君は得意そうに話し出した。

 「今回の研究では、今までにないパラメータを変えてシミュレーションしたので新しい結果が出たからです。」

 そこで私は切り込んだ。

 「それは立派な研究ですね。新しいパラメータはだれが考えたのですか?」

 松本君は迷いなく答えた。

 「私の指導教官です。海外の学会でも発表されています。」

 これで私は質問を打ち切り、橋本君に質問を続けるように、促した。一方、古田さんは他の人に判らないように、肘で合図を送ってきた。私は、古田さんにはこれ以上動かないように、メモに△印を書いたものを示した。古田さんも、それを見て納得と言う風に落ち着いた。

 面接が終わり、松本君が退出した後、橋本君が聞いてきた。

 「彼については、私は良いと思うのですがいかがでしょうか。」

 私は、古田さんと視線を交わらせてから、説明することにした。

 「彼の研究一番の成果は、指導教官のものです。厳しく言えば、彼は自分で考えていないということです。しかもそういうことを恥と思わない。これが一番困ることです。自分で考えようとしない、指示待ちの人間になっているのですね。これでは、技術系の総合職としては困るのではないですか。」

 橋本君は少し反論してきた。

 「確かに、そのような面はるかもしれませんが、成績やSPIの能力面を見れば、それなりの力があると思います。」

 古田さんが食い込んできた。

 「おっしゃる通り、そこそこの仕事はできると思います。ただ、30歳で技術者として独り立ちする、40歳ぐらいで技術進歩に合わせた転身を図るという時、今の自主性の弱さは障害になるのではと思います。」

 橋本君は、これで少し考えこんだので、私がフォローすることにした。

 「彼に関しては、性格もよさそうで、そこそこ能力はあるので、たぶん若い間は誰かの補助としては、使い勝手が良いだろう。そこだけ見たら、採用しても良いと思う。ただ将来まで考えると、自主的に考える癖が、大学院まで行ってもつかないという不安はある。青木さんより優先度を落とすということでどうだろう。」

 これには橋本君も納得した表情で頷いた。

4.3人目

 橋本君が説明した。

 「次は技術系ですが、学部4年生の鈴木正君です。学部生の場合は、まだ研究などは始まっていないこともあり、素質を重点に評価願います。」

 私は、古田さんに囁いた。

 「この子のSPIの能力値は、高いでしょう。院卒と比べて、2年の成長を加味して評価してください。」

 すぐに、ノックの音がして、鈴木君が入ってきた。

 入室時のマナー、志望動機の説明もそつなく進めたが、なんとなく元気のない感じがした。私は、彼の技術的な面をどう引き出すか考えたが、まだ卒業研究も始まっていないということなので、切り口に困った。すると、橋本君が部活の話から切り込んでくれた。

 「鈴木さんは、将棋部に属していたそうですが、どれぐらいの強さですか?」

 「一応アマチュアの2段です。」

 アマの2段と言うことは、少しはできるということなので、もう少し突っ込んでみた。

 「詰将棋は好きですか。」

 この質問には期待通りの答えが返ってきた。

 「好きと言うのではありませんが、勝つための大切な力ですから、しっかり訓練しています。」

 これで、地道にスキルを身に着ける訓練した経験がるということが分かった。この力は仕事でも生かせると思った。しかし一人で暗くなるといけないのでもう一つ、質問した。

 「将棋を通じて他の人と触れ合いなどはありましたか?」

 「社会人の人などとも対局があり、そのあといろいろ教えてもらいました。いい勉強になりました。」

 これを聞いて、橋本君もほっとした表情を見せた。

 これで、3人目の面接も終わった。

5.幕間の調整

 技術系の3人が終わった後で、簡単に意見交換を行った。

 3人の意見が割れたのは、鈴木君と青木さんのどちらの優先度を上げるかであった。素質面では、鈴木君の方が少し上と判断したが、即戦力として考えれば、青木さんの魅力もあった。少し議論したが、両名推薦で、優先度は即戦力性を買って、青木さんを1位とした。なお、松本君は他の志願者との比較、現場の求人状況と照らし合わせて、再度調整するとの結論となった。

 この調整の前に、橋本君はそっと席を外して、藤原さんと少し話をしていた。たぶん彼女の印象も聞いていたのだと思う。

 (続く)