登場人物
田中和夫(私):某メーカーの採用部門の課長、元は技術職(キャリアコンサルタントの資格あり)
古田香織:技術門のグループリーダー、自部門の新人採用のための立会い
橋本正:人事の若手
藤原雅子:一般職のベテラン
午後から事務系の3人の面接となった。橋本君からの説明があった。
「今回は、事務系総合職の3名の面接を行います。全員学部の子です。手順は、午前と同じですが一応説明しておきます。面接時間は一人20分を予定します。そして10分の予備を見ています。流れとしましては、最初に決められた時間に藤原さんが声をかけ面接室に案内します、入室してから着席指示は私が行います。そのあと、志望動機を私が聞きます。これは3分程度話すように、指示します。その後は、皆さんで適宜質問願います。なお、成績やSPIの結果等の一見書類は、面接前にお回ししますので。田中さん、古田さんで適宜見てください。なお、最後に調整を行いたいと思いますので、それまでに評価点をつけてください。それでは、私と藤原さんは、受け入れと説明に向かいます。面接は13時15分から開始です。スケジュール表と一見書類は、田中さんにお預けしますのでよろしくお願いします。」
古田さんも、午前で手順がつかめたため、少し余裕があるようだった。彼女が席を外したので、私は例によって資料の読み込みを行った。
一人目の対象者について橋本君が説明した。
「最初は、中山順子さんです。学科は経営学科と言うことです。」
小さなノックの音がしたので、橋本君が
「どうぞ」
と答えた。中山さんがおずおずと言う感じで入ってきた。そして、古田さんの顔を見ると、少し驚きの表情が見えた。一方、古田さんは少し微笑んで、右手で椅子を指し座るように促した。
橋本君の指示に従って、志望動機の説明が始まった。声は少し小さいが、
「御社のXXの競争力に魅力を感じました。」
と言う一項目に、興味を感じた。普通、そこまで理解している子は少ない。ただし、経営の学科と言うことで、大学側で企業研究をしている可能性もあり、これは確認してみようと思いメモしておいた。説明が終わったので、さっそく質問した。
「中山さん。貴女は、内のXXのどこに競争力を感じましたか?」
すると彼女は困ったような顔をして、つまりつまり話し出した。
「ごめんなさい、失礼なこと言ったかもしれません。数字などでしっかりしたものではないのですが、店に並んでいる物を見た時、他の会社の製品より使いやすいと思ったのです。どこか使う人に対して思いやりのあるものだと思ったので、店でもよく売れているようでしたし・・・」
古田さんがすぐ引き取った。
「そのような感じ大切ですね。他には?」
すると彼女は、真っ赤になって付け加えた。
「今日の試験で、親切にしてくださいまして、ますますこの会社が好きになりました。」
私は、もう少し経営について聞きたいので、追加質問をした。
「中山さんは、テイラーについてどう思いますか。」
この答えは、すぐに返ってきた。
「個人的にはテイラーのスコップ作業より、ホーソン実験の方が好きです。」
その後橋本君が、定型的に質問して、面接は終わった。
退出後、私はどうも何かあったと思って、古田さんの方を向くと、橋本君が一言いった。
「古田さんお気に入りの、おしっこ姫はちょっと元気がないですね。」
古田さんが、きつい目で橋本君をにらみ、私の方を向いて説明した。
「実は、あの子、橋本さんの説明の時、トイレ行きたいのを我慢していて可哀そうだったので、私が連れ出していかせてあげたのです。あこがれの会社と言うことで、緊張してトイレはどこと聞けなかったといっていました。」
私はこれを聞いて苦笑した。
「昔、あこがれの彼との初デートで、トイレに行きたいと言えず、卒倒した子がいたという話を聞いたな。ある意味可愛い子だな。」
橋本君が切り返してきた。
「あのー、可愛いだけでは総合職の採用にならないのですが・・・。しかも声が小さく元気がないですね。」
そこで私が切り返した。
「しかし、彼女の志望動機の、当社の将来性の判断は良い着目点だよ。当社製品の強みを直感的に感じ取っている。あのセンスは、買うべきだと思う。確かに今は幼い感じもあるが、将来大化けする可能性があるね。テイラーの理解もあれでよいだろう」
この意見に古田さんも同意していった。
「営業などでも、あのようにうちの製品の良さを、しっかり理解してくれるなら頼もしいですね。元気はこれから自信をつければ出てくると思います。」
この意見を橋本君も認めてくれた。
次の面接の前に、橋本君から軽い説明があった。
「次は、山本和夫君です。彼に関しては体育会系のサークル活動で活躍と言う、記録があります。」
元気の良いノックの音がしたので、すぐに面接が始まった。
さすが体育会と言うことでマナーは悪くないし、志願内容の説明も大きな声で説明した。そこで私が質問した。
「山本君は、当社に入ってどのような仕事をしたいですか。」
「はい。私は御社に採用していただければ、何でもさせていただきます。体力には自信があります。」
答えが、元気よく返ってきたのは良いが、総合職としてもう少し知性の方での返答も欲しかった。そこで少し試してみた。
「山本君はテイラーについて聞いたことがありますか?」
「ありません。」
その他、橋本、古田両名との問答で、先輩との関係などから、対人関係は、先輩に絶対服従と言う形でなら上手くいくということが分かった。
彼が退出してから、私が発したコメントは以下のとおりである。
「総合職としては、体力頼りすぎる。文武両道に化ける可能性は少ないとみたが、どうだろう?」
これに橋本君も、古川さんも同意してしまった。
橋本君が説明した。
「次は松田俊夫君です。学校の成績やSPIの評価は優秀ですが、性格面を重点に評価願います。」
すぐに、ノックの音がして、松田君が入ってきた。
入室時のマナー、志望動機の説明も洗練されたものを感じたが、なんとなく上辺だけの感じがした。私は、どう切り込むか迷ったが、古田さんが志望動機に対して、確認の質問をしたので、その対応を見ることにした。すると、彼は中央の私が質問しないことに、少し不満と言う雰囲気を見せた。ある意味、若い目の女性が質問と言うことで、不満だったのかもしれない。
これを古田さんも感じていた。そこで私が、学生生活について、質問したら、明らかに態度が違っていた。
橋本君も、敏感にこれを感じていた。もう話の内容より、彼の対応を集中して評価することにした。
面接が終わった後、3人で顔を見合わせて、あそこまで態度を変えるかと言って、笑ってしまった。そこで、橋本君は失礼と言って、外に出て行ったが、すぐに戻って報告した。
「彼は、藤原さんに対しても、バカにしたような生いい気な態度でした。やはりいりませんね。」
事務系の総合職3人が終わった後で、簡単に意見交換を行った。
まず松田君に関しては、丁重にお断りすることで3人とも一致した。次に、山本君に関しては、体力と忠誠心は買えるが、能力面で不安とのコメント付きでの2次送りとした。枠がない場合は、落とすのもやむを得ないというコメントも付記した。
最後にもめたのが、中山さんである。橋本君は、少し引けた形、古田さんは好感を持つが、押し切れないという感じであった。これに関しては、私の直観を押し出して、まだ大化けしそうな可能性ありとコメントして、2次審査に送ることとした。
<終わり>