面接者は何を考えているのか(その3)

登場人物

 田中和夫(私):某メーカーの採用部門の課長、元は技術職(キャリアコンサルタントの資格あり)

 古田香織:技術門のグループリーダー、自部門の新人採用のための立会い

 橋本正:人事の若手

 藤原雅子:一般職のベテラン

1.準備段階

 前回の面接から、数日後にまた、橋本君からお呼びがかかった。今回は事務系1名だが、少し骨があるとのことであった。

 橋本君から事前の説明があった。

 「今回の志望者は、森金之助君です。文学部の日本文学が専門です。」

 私と古田さんは、少し引いてしまった。

 「おいおい、文学青年かい?」

 橋本君も少し困ったようすで、フォローした。

 「でも、SPIはバランスよく、良い成績です。しかも、彼の志望動機はしっかりしていますよ。」

 確かに、志望動機には、文学研究で身に付いた『人の心に寄り添う力』が、市場研究などにも役立つとある。面白い子だと思った。

2.面接場面

 適度な大きさのノックがあり、森君が入ってきた。一礼して椅子に座る姿もそれなりに洗練されていた。橋本君の指示に従って、志望動機の説明を行ったが、論理的な話方はできていると感じた。そこで私は、思い切って切り込むことにした。

 「森さんの志望動機に、文学研究で身に付いた『人の心に寄り添う力』とありますが、これはどのようなものですか?カウンセラーが、寄り添うというなら解るのですが?」

 彼の視線はしっかり私をとらえて、力強く切り返してきた。

 「文学の読みには、著者がなぜこのように考えたか、背景などまで踏み込んで理解します。このような、文献なども見ながら、なぜこのように考えたか理解する力は、製品を購入するお客様の心を思いやる力に通じると思います。」

 私はこの答えには、納得してしまった。しかしもう一歩踏み込んでみた。

 「そのような力は、どうして身に付いたのですか?まだ卒業研究は、本格的に始まっていないと思いますが?」

 すると、面白い答えが返ってきた。

 「実は、近代日本文学の課題で、著者の思想背景まで調べ発表させられました。厳しい先生でしたが、この発表とまとめのレポートで力が付きました。」

 もう少し突っ込んでみた。

 「レポートは、コピーペーストで作るのが流行ではないか?」

 「確かに、参考資料からの引用は、コピーペーストで速くできます。しかし、それに加えて、私の考えを加えるのが、レポートであり、課題発表です。そのための考え方もきちんと教わりました。」

 この答えに、私は満足したし、他の二人も満足した。

 その後橋本君は、補足的な質問をして返した。

3.結論

 彼が出た後、古田さんが感心していった。

 「あのような学生がいるのですね。」

 私が切り返した。

 「どこが一番感心した?」

 「レポートのコピペの話です。課題に関してきちんと努力する子は、これからも伸びると思います。」

 「橋本君はどう思う。」

 「コピペに関しては、私も言いたいことがありますが、私が感心したのは、文献等の情報から、人の心まで寄り添う力です。私も積極的傾聴の訓練等のカウンセリング系の勉強もしましたが、文書の理論的な仕事と対人関係の個別の対応は分かれていました。彼の文章は論理的にしっかりしているし、人間の心にも寄り添える貴重な力を持っていると思います。」

 この意見に関して、私も賛成であった。

 「確かに彼は、理論と実践がうまく融合していると思う。しかも適当な謙虚さも持ち合わせている。」

 橋本君が突っ込んできた。

 「もう一つ、講義のレポートで、あそこまでまじめに取り組むのも良いですね。指導者も良かったのですね。」

 私はこれに関しては、少し思い当たることがあった。

 「確かに、文献の読みを講義の中で教えるとは、すごいことだと思う。私も文学部の先生には知り合いは少ないが、例えばW大学の研究員だった、T先生ならあれくらいの鍛え方はやりそうだと思う。」

 橋本君が呟いた。

 「教えるも人、教わるも人」

4.コピペ論議

 さてここで、私はもう一つ橋本君に確認したいことがあった。

 「先ほどのコピペの話、何か面白い話がある?」

 「ご承知でしょうが、当社の新人に日刊工業新聞社の『フレッシャーズ産業論文』に応募させるのです。そこでコピペで作るやつがいるのです。」

 古田さんが反応した。

 「丸写しなの、それとも自分の考えを加えて、付加価値を生み出しているの?」

 「そこなんですよ。自分の意見と言う付加価値が必要と言うことを、理解していないのです。先日も『勉強の方法補充』の記事を丸写しした奴がいて、困ったものです。」

 私も少し性格が悪く突っ込んだ。

 「あのブログは、切り口は面白いが、論証は省略されているだろう。そこのところの検証をきちんとしたら、面白い論文になるのではないか?」

 古田さんは苦笑して助け舟を出した。

 「丸写しでしょう。付加価値の必要性が理解できているなら、橋本さんも苦労しないねー。」

 「そうなんですよ。しかも相手が悪い。幸いこちらはすぐに突き止めて外に出る前に止めました。」

 私も少し突っ込んでみた。

 「あのブログの、正体不明氏は、少し人が悪いが、訳のわからない人ではないだろう。著作権問題などと大きくはしないだろう。」

 「それはそうなんですが、実は私の知り合いのある会社の研修担当が、この地雷を踏みました。彼の指導している子が『フレッシャーズ産業論文』で検索しているのを、見つかったのです。そしてそのまま投稿しようとしている可能性を、どこかで漏れたのですね。研修指導者は、正体不明氏からお電話いただき、しっかり、『ご親切なご指導』をいただいたそうです。」

 古田さんも笑い出した。

 「しっかり親切なご指導って何?」

 「研修指導者もばかで、研修生に反省文を書かせて、それを持って詫びに行ったのです。そしたら、正体不明氏には、『まだ先のある研修生の個人名が書いている文書を、社外の人間に渡すのは、総務部門としての心得がないのでは?』とご指導いただいたそうです。」

 「それ当たり前でしょう。」

 私は補足した。

 「心得ではなく、心意気と言うべきだろう。研修の人間は、社員をある意味子どもと思う。その子を、外の世界から守る。このような気概が、総務の人間一般に、欲しいものだね。さて、コピペに関して、私が昔読んだ本で、印象に残る一節がある。ハインラインの『宇宙の戦士』の中で、夜間の想定の演習中に、暗視装置を外しミサイルを撃破した主人公が、軍法会議の直前まで行く一節だ。軍隊組織では、演習での手抜きは、軍法会議にかけるべきものだ。それを考えると、大学のレポートでコピペを許すというのは、甘いと思うな。」

 古田さんが付け加えた。

 「結局そのような考えが続くと、教えてもらえないなどと言い続ける、『ブラック総合職』になる。」

以上

HOME