自己分析について

 

登場人物:

田中和夫:キャリアコンサルタント

藤田道夫:大阪の私立浪速大学経済学科3年生、気が弱い

大平晴香:地方の私立大学3年生、頭は良いが大学が元女子短大で就活は苦戦

         

1.発端

 

 キャリアコンサルタントとして活動中の田中和夫のホームページに、珍しく読者からメールが来た。

 

「参考になるお話、ありがとうございまし た。私の大学は、元は女子短大だったので、先輩も少なく、就職活動でも苦労しています。色々な就活で、『自己分析』を行うように指導されていますが、書く ことがなくて困っています。ある本では、『自己分析は有害』と書いてありました。どうしたらよいのか、アドヴァイスください。」

 

 田中は珍しく読者からのメールを貰って嬉しくなり、早速返信した。

 

「著者の田中和夫です

メー ル頂きありがとうございます。たしかに、『自己分析』は、上手に行えば自分の可能性を引き出す有効な手段です。しかし、やり方を間違えると、『青い鳥症候 群』や『自信喪失』で、道を誤ることがあります。私のホームページにも、自己分析に使えるシートを載せていますが、これだけではどう使うのか解からないで しょう。一度『自己分析の方法』について一緒に考えてみませんか。なお、私も作戦を立てないといけないので、宜しければ、あなたの状況を教えてくださ い。」

 

 するとしばらくたってから、返信が来た。

 

「先生を、信頼して私の現状をお話します。

私の名前は大平晴香です。

滋賀県の甲賀市にある、信楽大学経営学科の3年生です。

大学のキャリア指導では、性格診断を行ったあと、『あなたの天職は、介護の仕事です。』と言われました。

また、個人で参加した別の講習会では、『今までの自分の歴史を書き、その中で感動した体験を中心に検討する』ように、指示されました。

しかし、天職といわれても何か納得できないし、感動した体験と言われても、思い当たるものがなくて困っています。

このような自己分析は本当に効果がるのでしょうか?教えてください。」

 

 田中は、早速返事を書いた。

 

 「大平晴香様

   田中和夫です

  状況わかりました。確かに、今行われている『自己分析の指導』には、問題のある場合もあります。おっしゃるように、『天職』と言う言葉は、軽々しく使うべきものでは、ありません。また、感動と言うものを探せと言われても、納得しないものがあるでしょう。

   しかし、自己分析と言うものは、使い方によってはあなたにとっても、採用側にとっても効果のあるものです。今まで、多くの就職指導で使われてきたのは、 それなりに理由があるのです。ただし、昔と状況が変ったり、基礎的な考え方を採用側や指導者が理解していない場合もあるようです。

   私が考える、就活で自己分析を行ってもらう目的は、自分の潜在的可能性に気が付いて貰うことです。会社生活においても、今までの自分ができなかったよう なことに、チャレンジして解決することが良くあります。そのような時、自分に潜在している力を引き出して、成果を出す人を会社は求めています。また、潜在 能力の引き出しは、人に頼らず自分で行うことです。

   そう言っても、潜在能力とは何かと思うでしょう。例えば、一寸した訓練であなたの記憶能力を今まで以上に、伸ばすことも可能です。毎日、寝る前に今日一 日のことを思い出してみる。しかも時間を逆に回すように遡ってみる。すると結構思い出すものです。一度試してください。

  それでは、またメールください。」

 

晴香は、これを読み今までの指導とは少し違い、自分に合っているように思った。とりあえずメールにあった、夜寝る前の一日の思い出しを行ってみた。すると、今まで思っていなかった、講義内容が部分的に思い出せることを経験した。この経験を、早速メールで報告した。

 

「田中和夫様

   大平晴香です

 ご指導ありがとうございました。一日の思い出しを早速行ってみました。完全に思い出すことはできませんが、今まで思いいつかなかった、講義の最中の教官の冗談を思い出すことができました。少し私の記憶力に自信を持ちました。

これからもよろしくお願いします。」

 

 これを読んで、田中は彼女の指導をもう少し進める気になり、もう一歩踏み込んだメールを送った。

 

 「大平晴香様

   田中和夫です

   早速の対応で成果が出たようですね。嬉しいことです。

さ て、思い出すことを求めすぎてはいけません。少しでも良くなれば、自分で褒める。これが大切です。そのために、毎日日記をつけることお勧めします。今日で きたことを記述する、そして明日確認すると、昨日よりできたものが増えている。更に一週間先ならもっと増えている。又は微妙な増加が見えてくる。このよう に、書くことで自分の成長を確認する。これも自分の潜在可能性を引き出した一例です。

なお、日記は手書きで書いてください。自分の手で書いたものは、それだけで力があります。さらに、手書きに慣れていると、入社試験での小論文や記述式試験で楽にかけます。手書きに慣れていないと、漢字を忘れたり、多くの文字を書くと手が疲れて、文字が乱れます。

それでは、1週間後にまた状況を連絡してください。」

 

 晴香は早速実行してみた。メールやパソコンに慣れていたので、手書きには抵抗があったが、毎日書き続けることで、書くことの抵抗も少なくなった。また、記録を読み返すことで、自分が思いだせる項目が増えていくことを確認できた。そこで、1週間後に報告した。

 

「田中和夫様

   大平晴香です

 いつもご指導ありがとうございます。前回から思い出せるものが増えました。また、書くことの抵抗も少しなくなったように思います。この次はどうしたらよいでしょうか。教えてください。」

 このメールを見て、田中は思い切って、自分の講習会に晴香を誘うことにした。

 

「大平晴香様

   田中和夫です

成果が出たようで嬉しく思います。さて、私が指導する大学3年生向けの就活講習会があります。その話しを聞いていただき、そのあと個別のご相談をいたしたいのですが如何でしょうか。

 

日時  2013年8月18日 午後1時から3時まで講習、後1時間ほど個別相談

場所  大阪市北区梅田駅前の第6ビル12階、第7会議室

参加者 浪速経済大学3年の学生5名程度

説明内容 『総合職で就職するための自己能力開発法』

参加費 今回は無料です

 

なお、私にキャリアコンサルタントとして契約いただくならば、着手金として1000円を頂いておきます。その場合私に守秘義務が生じます。もっとも今までの話も他言はしませんが、業務としての契約で筋を通すこともできます。如何でしょうか。」

 

 晴香は、このメールを見て少し迷ったが、一度話を聞いてみようと思って、参加する旨の返事をした。

 

 「田中和夫様

   大平晴香です

   それでは、参加させていただきます。コンサルタントの契約の件は、お会いしてからお話したいと思いますが如何でしょうか?」

 

 田中はこの答えを予想してたので、直ぐに返答した。

 

 「大平晴香様

   田中和夫です

   解かりました。それでは18日(日)は、大阪でお待ちしています。宜しければ地図をおくります。」

 

 晴香は、地図ぐらいはネット上で探せると返事した。すると田中から、次のようなメールが来た。

 

「大平晴香様

   田中和夫です

   それで正解です。自分で地図を探すぐらいの自主性がないと、就職戦線は生き残れません。就職セミナーと言っても企業主催のものは、事前選考的な要素があ ります。そこで、『自主性がない、パソコン操作能力もない』という風に見られるのは、あまり良い結果でないでしょう。このような厳しさも知っておいてくだ さい。」

 

 晴香は、厳しいとは思うが、それだから効果もあるのだと思いなおした。

2.講習会場にて

 晴香は、田中の指定時間の10分ほど前に会場に着いた。会場の入口にいた、初老のおじさんが声をかけてきた。

「田中ですが大平さんですか?」

 「はい、大平晴香です。メールではありがとうございました。」

 「それでは、この席についてください。隣の藤田君は、優しい子だから丁度良いでしょう。」

 隣の藤田君は、気が優しいと言われたが、少し太めで、頼りない感じがした。その他、5人の男女子学生が受講していた。

 講義が始まった。

 <田中の講義>

2.1 総合職とは

 こんにちわ。私が今回の講師の田中和夫です。なお、私の経歴や所属に関しては、あえて言いません。皆さんは、私が本日話すことを、自分 で評価して、良いと思うものを実行してください。このように肩書きや、経歴で評価しないと言うのは、皆さんの入社試験で学校名を隠してエントリーすると言 うのと同じ発想ですね。

 さて、皆さんは、全員文系の大学3年生です。皆さんは就職の条件は、どう考えているでしょうか。総合職での就職を考えていると思いますが如何でしょう。そこで総合職に要求されている能力は、何があるでしょう。単に大学を卒業していると言うだけで、皆総合職と言うのは甘すぎます。

  私が採用側の企業人として、総合職採用を考えるときには、会社の仕事で種々の問題を幅広い知識を総合して、解決する人材です。現在の雇用条件が厳しくなっています。例えば、非正規社員の契約更新停止などの現象に対して、どう思いますか。

 総合職と言うからには、国の政策が悪いと言う前に、自分が勤めている会社で雇用を確保 することを、考える必要があります。「どうすれば受注を確保して、仕事量を確保することができるか?」「どうすれば、今の生産量でも、利益を拡大して、社 員の雇用を守れるか?」このような難題に対し、答えを出すのが、総合職として働いている人たちの義務です。もちろん、入社して直ぐにこの答えを出すこと は、要求されてはいません。しかし、将来には、このような役割を担うのです。そのためには、常に「なぜ?」を考えて、原因追求と説明を行った後、新しい対 応を提案する習慣をつけておく必要があります。

 採用する側では、このような能力又は潜在的可能性のある人材を、求めていることを知っておいてください。

 

2.2 自己分析はなぜ必要か

  さて、今回は自己分析の話しです。皆さんは、今までの就活指導で自己分析を行うよう に、指導されたことがあったと思います。一方、ある種の指導書では、「自己分析など行うな」と書いています。そして、皆さんの正直な感想として、「自己分 析に何を書いてよいか解からない」と言うのが、正直な所ではないかともいます。自己分析について、私の答えを先に言っておきます。私は、「正しい方法で 行った自己分析は効果がある。」と考えています。

 もう一歩、自己分析はなぜ必要か考えて見ましょう。まず最初に指摘しておきますが、今まで 自己分析が使われたのは、それなりの理由があるということです。このように、理由があると考えることが、理由を見出す第一歩です。探す気のない人間には、 良いものが目の前にあっても見つけることはできません。

  まず、就職ですから、採用する側の立場で考えて見ましょう。採用する立場で、自己分析 を行って、「成果があった」と思うのは、どのような時でしょうか。採用側の立場になって、想像してみましょう。まず、採用側では、良い人材が欲しい。その ための選別手段を色々考えています。またその裏返しで、来て欲しくない人材を、排除したいということです。それでは、来て欲しくない人材とは、どのような ものでしょうか。

 一番来て欲しくない人は、会社の仕事を否定する人です。

  「このような仕事はしたくない。」

  「社蓄にはなりたくない。」

このような考えで、仕事ができるのでしょうか。次に能力です。これは、学校の成績と言うより、人の話しを聞いて正常に対応するような基礎的なスキルの欠如や、向上心に欠ける人が、困った人になります。また、実力がないのに自分の力を過信する人も、困ります。

 このような人材を選別することが、一つの目的です。

 一方、欲しい人はどのような人か、もう一度考えて見ましょう。今まで言った、ことの裏 返しです。まず会社で仕事をすることに、喜びを感じる人です。そして、会社の人間関係に無事適合できる人です。また、自分の状況を客観的に把握して、仕事 に必要な能力を、自分で開発できる人を欲しがっています。

 そこで、自己分析に戻って考えて見ましょう。まず、企業と求職者の間で、ベストなマッチングと言うものを考えて見ましょう。例えば、

   「その会社のしていることを、自分でもしたいと考えていて、しかるべき能力のある学生」

と言うのはどうでしょう。これは良いように見えますが、結構落とし穴があります。まず、会社の仕事が、自分が考えているものと同じでしょうか?またその仕事が、継続するでしょうか?特に総合職で終身雇用の条件で考えましょう。あなた方が、60歳の定年まで勤めるのです。そのなかで、世界の状況は大きく変化します。扱う製品の技術も当然変化します。つまり、新しい技術や製品に対応しないといけません。また立場も変化するでしょう。30代では後輩を育てるリーダーの立場、40代では管理職として経営的なセンスも必要になります。さて、ここで先ほ どの学生が、自分のやりたいことが出来ない場合には、どのような反応を示すでしょうか。「自分の適職」と言うものに対する思い込みが激しいほど、それ以外 の仕事に対する拒絶反応は強くなります。このようなことがあるので、私は「天職」と言う言葉を軽々しく使う気にはなれません。自己分析否定論の根拠には、 このような自己分析の弊害があります。

  さて、話を戻してベストマッチングの話について、考えて見ましょう。先ほど言いました ように、企業は喜んで仕事をする人を求めています。しかし、会社の仕事は色々な側面があります。だから、一つのことにこだわらず、適応力のある人材を求め ているのです。そこで自己分析との関連が出てきます。あなた方が、今までの経験で、「未知のことにチャレンジし成果を出した」ことがあったとします。この ような経験を思い出し、自分の多様な可能性に目覚める。これができれば、自己分析の一つの目的を達成しました。一方、人間関係に関しても、企業は重視しま す。今までの人生経験を見返して、他の人から受けた好意を想い出す。そこから、他の人の発言を好意的に聞けるようになる。また、苦労に耐えて経験を思い出 し、これからの苦労にも耐えることができるようになる。このような効果を、自己分析では期待しています。

 今お話したことは、皆さん自身のためになる話しでもあります。自分の経験を思い出すことで、潜在的な可能性をもう一度引き出しているのです。このような、自分のためになるものを、就活でも見出すことが大切です。会社のためだけでなく、自分のためになる。これをWinWinの関係と言います。この発想ができるだけでも、会社が欲しい人材に近づきます。

 

2.3 自己分析の実行

  さて、自己分析を行うにあたって、

  「今までの体験と言っても、何を書いてよいのか解からない。」

と言う不安が生じるでしょう。実際就活の本では、サークル活動での経験を元にして、自分体験談を書けという指示もあります。しかし、企業の方では、「本当に主役で活動したり、自分で苦労したのではない」体験談を読まされるのは、こりごりと言う感じです。

 そこで、皆さんにお勧めの方法を、お伝えしましょう。それは、自分の可能性に気付く体験です。これは、本来の自己分析にもなります。それでは、一つ目のワークを実行してみましょう。

  まず、左手を前に真っ直ぐ伸ばして下さい。これを、折り曲げることができないように頑張ってもらいます。握り拳を作って、手に力を入れてください。それを、右手で外側から、内側に折り曲げてください。

 力を入れたのに、曲がってしまうことも多いと思います。

 次は、左手の力を抜き指を伸ばしてください。特に中指を遠い先から引っ張られていると想像してください。そこで同じように右手で曲げてください。

 力を抜いた方が、曲がらなかったのではないでしょうか。これは、筋肉の構造に秘 密があります。腕には、内側に曲げる屈筋と、まっすぐ伸ばす伸筋があります。しかし、私達が力を入れるという時には、屈筋を使うことが多いのです。力瘤を 作るのも、曲げた時ですね。さて、ここで腕を伸ばすのは、伸筋の働きで、屈筋は邪魔をします。しかし力を入れるという言葉、しかも拳骨を作る動作で、どう しても屈筋が前に出てしまいます。このように、人間の中には無意識の抵抗勢力があるのです。このように、自分の体の中にも、色々未知のものがある。この気 付きも一つの体験です。

  次のワークは、記憶の訓練です。皆さんは、3日前の夕食は何を食べましたか?思い出せない人も、いると思います。「一々そんなこと覚えているか」と言う意見もあるでしょう。でもこ こで、私と一緒に時間を遡ってみましょう。まず今日の昼は何を食べました。朝ご飯は何でした。昨日の晩御飯のおかずは何でした。昼は何を食べました。朝は 何でした。1昨日に戻って、晩は何を食べました、昼は何を食べました、朝は何でした。そしてその前の日の晩御飯は何でしたか?

  このように遡っていくと、想い出すことができる人もいると思います。このワークの大切 なことは、人間の頭の中には想像以上に多くの情報が存在すると言うことに、気がつくことです。ただ単に想い出すことができないだけです。特に近頃の教育で は、暗記に対して恐れているような気がします。覚えすぎることに恐怖を感じる必要はありません。人間の脳細胞は、生きている間には10%程度しか使わないのですから、どんどん覚えたらよいのです。

 まとめますと、ここでのワーク二つは、どちらも自分の潜在的な力を引き出すものでした。このように、自分の潜在性を探す経験が大切です。探さない人間は得るものがありません。

 

2.4 今後の活動について

  今までお話したことと加えて、就活で行っておくことがあります。それは、これから能力開発を続けることです。そのためには、読み書きの速度を上げることが重要です。手書きの日記は毎日行って下さい。また、SPI 対策などの知能検査の訓練は、継続して行うことが重要です。

  このようなことを継続する。そして、自分の潜在能力を引き出す経験を積むのも、自己分析で能力開発に熱心と書ける材料でしょう。

  それでは今回の講座は、これで終わります。

<田中の講義終わり>

3.講義終了後

  講義は終わったが、田中から少し残るように合図されたので、晴香は席を立たないでいた。隣の藤田君は何か言いたそうな感じで迷っているようであった。すると、田中がすっと二人の前に来て、話しかけた。

   「大平さんは少し待ってください。藤田君何か言いたいようですね。」

すると藤田が意を決したように話し出した。

 「僕は、小学4年の時からずっとサッカーをしています。前に就活の講習を受けた時は、その話しをしろといわれましたが、具体的にどうしたらよいでしょう。」

 田中は微笑しながら突っ込んできた。

 「その話しを面接官の立場で考えて見ましょう。面接官は、何人もから『僕はサッ カーを小学生時代から続けています。』と言う話しを聞いています。そこで面接官が聞きたいのは、『そこで君は何が違うの』と言うことです。藤田君は何か、 ほかの人にないものがありますか?」

 この質問で、晴香が見てもかわいそうなように、藤田は落ち込んでしまった。そこで田中の助け舟が来た。

 「私が話したように、サッカーの中で、自分の力を引き出した経験がありませんか。小さなことでもよいから、自分で努力してできるようになった経験です。」

 すると藤田は少し元気が出て次のように答えた。

 「リフティングを200回できるようにしました。」

そこで、田中の突込みが来た。

 「リフティングの200回は、小学生でもできるのでは?」

これでまた藤田は、落ち込んでしまった。しかし今度は直ぐに田中のフォローが来た。

 「そこで、藤田君の工夫が何かある?あるいは、一般的に得たものが言えますか。」

藤田が弱弱しく聞いた。

 「一般的に得たものとは何でしょう。」

 「例えば、体の鍛え方や、一人で練習を続けるための工夫です。もう少し具体的に言え ば、毎日日記でできた数を記録する。これを見ながら自分の成果を確認し、成長が中断した時も、我慢した。この経験を、他の技の習得に活かした。このような 話なら、会社でも新しいことを収得する力があるとPR出来ますね。」

藤田は少し元気になって応えた。

 「確かにできるようになる段階では、そのようなことをしましたし、成長中断もありました。どうして解かったのですか。」

田中は微笑して続けた。

 「これは、訓練の常道です。ただし、知っていることと実行することは別です。実行したことを面接官は高く評価すると思います。」

これで、藤田の背が少し伸びたように晴香は思った。すると、田中は晴香の方を向いて質問した。

 「この質問のやり方はどう思います。」

晴香は不意をつかれたが何とか答えた。

 「別に、変った所は無い様に思います。確かに指摘は鋭いですが…」

田中は藤田の方に向かって聞きなおした。

 「藤田君はどうですか?最初の『誰でも言う』の部分で、圧迫面接と思ったのでは?」

 「確かにそう思いました。フォローがあったので、忘れていましたが…」

そこで、田中は説明を続けた。

 「これが大事なことです。見方を変えれば、自分が圧迫面接と思ったことでも、普通の質 問に見える。このように自分の見方にこだわらず、客観的に見ることが大切です。特に、圧迫面接と思い込んでしまうと、相手が好意的に質問したことまで、掴 み損なってしまいます。まとめると、面接している状況を、客観的に見る。もっと良いことは、面接する側の立場で考えてみる。このような能力があると、面接 では有利に立てますね。」

そして、また田中は晴香に質問してきた。

 「大平さんは、自己PRをどうしますか。」

 晴香は、少し迷ったが何とか応えた。

「バイト先のコンビニで、その時間帯の責任者になりました。この話しでよいですか?」

すると予想通り、田中の突込みが来た。

 「責任者になったと言うだけでは不十分です。なぜそうなったかを説明してください。」

 「私が、一番前から勤めていました。そして、無断欠勤が無かったことも、良い評価を貰ったと思います。」

 「それだけですか?」

 「その外は・・・」

 ここで晴香は、つまってしまった。そこで、田中のフォローが来た。

 「もう一度、総合職に要求されていることを、考えて見ましょう。自分で工夫したこと、特に知識を使った経験があればそれを話してください。」

 「そう言われても・・・」

 「例えば、物が売れるように工夫したり、これは売れないと判断したことはありますか。」

 「そう言えば、商品の売れ方を自分で記録し、ある時間にしか売れないものを、店長に報告したことがあります。その後、商品の入荷タイミングが変りました。売り切れても、間に合うなら後の便で入れるようになりました。」

 「それは一つの成果ですね。但し、それだけでは不十分です。それが、なぜその時間しか売れないのか、理由まで踏み込んでください。それから、資金の回転率について、学校で習ったことを加味して、説明してください。更に、損益分岐点についても、考えて見なさい。」

 晴香は、簿記の資格を取っていたので、損益分岐点という言葉は解かったが、田中の言いたいことがわからなかったので正直に聞いてみた。

 「損益分岐点のためのデータは、店長しか見れないのですが・・・」

 「アルバイト先ではそうでしょう。しかし、総合職で仕事をしている場合には、経営的な 立場で考えることも重要です。そこで、あなたの提案した商品の売れる時間での管理は、物流コストを下げると言うことでは、変動費への貢献ですね。しかし、 売り場面積を狭くすると言うことに貢献できれば、固定費の削減に繋がりますね。すると損益分岐点が下がります。このように、学校で教わった概念を使うこと が大切です。」

 「つまり、説明の中に、固定費や変動費と言う言葉を、使うと言うことですね。」

 「そうです、学校で学んだことを生かすと言うことが重要です。もう一つ、採用に関しては、損益分岐点の観点で議論しておくことがあります。あなたたちを採用すると言うことと絡めて議論してみましょう。」

 「採用と関連してですか?」

 「そうです、正社員で採用すると言うことは、固定費が増えると言うことです。つまり損 益分岐点が上るということです。それだけの投資に耐えることをあなた方が示さないと、採用されません。言い換えると、正社員として採用して、鍛えれば大き く成長して、会社に利益をもたらす、と思う人間しか採用しません。」

 横で聞いている、藤田君の顔が少し引きつったように思ったが、晴香も重たいと感じた。しかし、これを超えないと、就活で生き残れないと考え直した。そこで田中の目を見ると、あなたならできると言うメッセージが流れてくるように思った。

4.個人講義

 藤田君が帰った後、晴香は田中に契約のことを聞いてみた。

 「前にメール頂いた契約のことですが、1000円と言うのは、安くて失礼ですが?」

 「確かに、この金額は世間一般では非常識です。但し、今回は契約の成立が重要なので す。貴女と私の間で契約が成立すれば、私も守秘義務が生じます。これから就活の作戦を立てるとき、個人的な話にも踏み込むことがあるかもしれません。その 時守秘義務をきちんとさせるために、契約の形にしておきたかったのです。」

 「解かりました。契約と言う社会人の常識を、教えていただきありがとうございます。」

 「これが直ぐに理解できる、貴女の力も大したものですね。」

 晴香は褒められて少し嬉しくなったが、甘く考えてはいけないと思い直し、正直に不安を伝えた。

 「私の在学している大学は、元々女子大学でしかも入学試験の偏差値が低く、就活でも苦労しています。このような大都市の大学の学生と一緒に話しを聞くと、何か気後れしてしまいます。」

 「失礼ですが、貴女の進学はご両親が決めたことですか?」

 「そうです、家から通える学校しか許してくれませんでした。本当は、京都か大阪の大学に行きたかったのですが・・・」

 「そうでしょうね。ですから、自己PRにそれとなく、『両親の強い指示で地元の学校に進んだ』と書いておくとよいですね。より上の大学に進める可能性があったということです。但し、今後の就職後は勤務地にこだわるかどうかも、きちんと書いた方が良いと思います。」

 「両親は、『成人したら後は勝手にしろ』と言っています。」

 「それは、そのように素直に書けば良いのです。変に飾る必要はありません。ただ読み手 が何を知りたいか、それを読んで書けばよいのです。採用側は、自分の会社にしっかり勤めてくれるか、勤務地などでトラブルが起こるかで不安を持っていま す。総合職の場合は、原則勤務地は会社の指定した場所です。『勤務地が何処でないと辞めます』では困ります。」

 「つまり、採用者の不安を消すように書くのですね。」

 「そのとおりです。ただし、単に書くだけでなく実際の裏づけも必要です。例えば、偏差値が低い大学にしか進学できなかった。しかし自分の実力はモットあるというなら、SPI等の能力検査で、高い数値を出せばよいのです。そのための訓練をするのも大切です。」

 「SPIの訓練したって本当の実力がないと空しいのではないですか?」

 「その質問は、半分ぐらい当たっています。しかし、SPI等の適性検査は、一つの癖があります。その癖を、知っているのと、知ら ないのでは、大きな差があります。まず損をしない手段として、訓練してください。それから、適性検査は文章を早く理解し判断する能力を要求します。このス キルは、繰り返し訓練すれば、伸びるものです。文章を読む、書くというスキルは、社会人として重要なスキルです。このような機会に訓練することは、今後役 に立つと思います。」

 「今まで就活指導で適性検査の訓練と言われましたが、このような話は始めて聞きました。」

 「自分が、今していることはなぜしているのか?常に考えると良いですね。また今までしたことの成果をできるだけ、搾り出すようにしてください。」

 「搾り出すとは?」

 「大平さんは何か資格を取っていますか?」

 「日商の簿記2級を取りました。」

 「それをどう活かすかです。2級と言う資格は、1級でないと言う事で、自慢にはなりません。逆に自慢すれば、2級の人材と軽く見られます。最高の資格しか話しにはなりません。しかし、その知識を活かして話しをする。これが使えます。」

 「損益分岐点の話しに入れるのですね。」

 「そうです。但し、2級は大した資格ではないと言う雰囲気で、その時勉強した知識とさりげなく入れればよいでしょう。こうすれば、勉強した知識を活かす方法を知っていると言うことで、好感を得るでしょう。」

 晴香は、この話で少し楽になった。

続く